メルマガ配信記録

メルマガ配信記録 · 2024/04/18
元(公財)山の暮らし再生機構 地域復興支援員 臼井菜乃美(第7話) 震災関係の書籍を漁っても、地域復興支援員の記述はそう多くありません。 それは、黒子のような働きをするのが任務だったからです。 あくまでも主体は地域住民。 復興に必要だと思われることを一緒に実現していく伴走者として地域復興支援員がいました。...
メルマガ配信記録 · 2024/04/17
BSN新潟放送 メディア本部報道制作局 報道部長 酒田暁子(第4話) 中越地震発生後はよく旧山古志村を訪れるようになりました。 取材を重ねていくことであるフリーカメラマンと出会いました。 長岡市を拠点に活動するフリーカメラマンの男性。 闘牛や山古志の子ども達、そして集落の人たちを取材をしていると 必ず現場に顔をだしている男性でした。...
メルマガ配信記録 · 2024/04/16
兵庫県立大学大学院 准教授 澤田雅浩(第6話)(長岡震災アーカイブセンターきおくみらい 館長) 震災が発生して以降、阪神・淡路大震災以降はじめて震度7を記録した地震ということもあり、 多くの研究者や専門家も現地を訪れ、さまざまな調査や提言につながるような活動を展開した。...
メルマガ配信記録 · 2024/04/15
かたくりの会ミシン係 山﨑麻里子(第2話) 阪神・淡路大震災の被災地でつくられていた「負けないゾウ」が、 中越地震の被災地にも伝わってきました。 その負けないゾウを作り始めたのが、山古志種苧原集落の母ちゃんたちです。 震災後、「カタクリの会」として活動を始め、負けないゾウだけでなく、...
メルマガ配信記録 · 2024/04/14
青葉台3丁目自主防災会運営委員長(中越地震当時) 畔上純一郎(第2話) 平成13年、自主防災会活動が根付くよう、町内会長の下に専任の防災活動を行う 自主防災委員会をつくり、3名を専任として新たな部門を作り活動を開始した。 自主防災委員会の最初の仕事は、町内構成員の現状と災害時の被災状況の把握、 そして避難方法や避難者確認が重要との事から、...
メルマガ配信記録 · 2024/04/13
公益社団法人中越防災安全推進機構 理事長 中林一樹(第7話) (新潟県中越大震災20年プロジェクト 実行委員長) 新潟県中越地震で全村避難した山古志では、 集落ごとにまとまって、仮設住宅への入居を原則とした。 積雪期に、復興に向けての話し合いなど 集落での取り組みやボランティアの支援活動の場としても...
メルマガ配信記録 · 2024/04/12
やまこし復興交流館おらたる 小池裕子(第3話) 記録が紡いできた過去があり、今があるということ。 やまこし復興交流館おらたるが2013年度行った聞き取り、 及び作文集「38人がみた新潟県中越地震」を元に再編集しました。 言葉を足さず、当時の体験から生まれた事実と証言だけを時系列で並べることで、 その一つ一つが何かしらのメッセージとして、...
メルマガ配信記録 · 2024/04/11
元 川口きずな館スタッフ・旧川口町武道窪出身 赤塚千明(旧姓 渡辺)(第5話) 震災から3日目の朝、広神村が震源の余震が起こったように覚えている。 その日は幼馴染の伯母さんの自宅アパートに移動し、 居候させてもらえることになった。 余震や食料の心配はあったが安心して眠ることができて、 プライバシーも守られて有り難かった。...
メルマガ配信記録 · 2024/04/10
前見附市立見附小学校長 前日本安全教育学会理事 松井謙太(第6話) 10月27日、震度6弱(小千谷では5強)の余震があった。 小千谷小学校の職員は三班に分かれ、これまで手の付けられなかった 理科準備室、教材室、図書準備室の片づけをしていた。 もとより家具が固定されていない部屋ばかり。...
メルマガ配信記録 · 2024/04/09
中越市民防災安全士会 会長 岸和義(第3話) 地震直後に私が取らざるを得なかった行動は「顧客行脚」でした。 いくら日本の新潟県の地震の事であっても、主な顧客先の日系自動車メーカーのみならず、 米国メーカーであっても調達部門は状況を察知し、報告を求めはじめる様になりました。...

さらに表示する