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238 中越大震災の体験-外国籍市民の声-(その7 アメリカの留学生) 「長岡の新しいフェニックスの炎(4)」

「母国語でつづる中越大震災の記憶」より抜粋紹介(第10話) 協力:国際交流センター「地球広場」

 

すべては地震とともに始まり、
そして日本中の人々の暖かく迅速な対応によって終わりを迎えました。
ほんの何日かの間で、まちはほぼ元の状態に戻りました。

私と友達にとっては、これは "ギブアンドリターン" のまたとない経験であり、
私たちは日本の人々からたくさんの愛をもらい、
怖がっている子供や助けの必要なお年寄りに食べ物や水をあげるという
大変やりがいのある経験をしました。

私がこのことについてどれだけ詳しく説明しても皆さんは分からないかもしれませんが、
それはどうやってフェニックスが灰から若者になり、
そして強くなって火の鳥となったことを知ることで理解することができると思います。
長岡市民がひとつになって働くのを見ていると、
長岡のシンボルがなぜフェニックスなのか、理由が見えてきます。
(おわり)

【執筆】
 「母国語でつづる中越大震災の記憶」より抜粋紹介(第10話) 協力:国際交流センター「地球広場」